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南海トラフ巨大地震に相当する宝永地震(M8.6)は1707年10月28日(宝永4年10月4日)に発生し、それから49日後の12月16日(宝永4年11月23日)午前10時頃に、富士山の南東斜面から噴火(宝永の大噴火)が始まりました。
災害史探訪火山編には、噴火の前夜から富士山麓一帯では、強い地震が頻発したとあります。中央防災会議の報告書(小山真人博士)には、、12月3日頃からの異常な鳴動と群発地震の活動、12月15日午後からはっきりとした群発地震、その日の夜から群発地震の規模が拡大し、噴火当日の午前には、強震が2度発生したことが記載されています。
富士山の次の噴火が、宝永の大噴火と同様の経緯を辿るとは限りませんが、南海トラフの地震が発生した場合は、その後の富士山周辺での地震活動の推移には注意したいものです。
伊藤和明(2017)災害史探訪火山編 近代消防社 215ページ
中央防災会議 災害教訓の継承に関する専門調査会
(2010)災害の教訓【火山編】75ページ
http://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/kyoukunnokeishou/14/pdf/shiryou4.pdf